大彦が150年間守り続けてきたこと mv

大彦が150年間守り続けてきたこと

■厳しい厳しい設計士の修行時代

僕を入所させてくれた設計事務所は、所長と所員2・3人、計3~4人位の事務所で、ほぼ100%住宅の仕事。(だけど労働環境がとてもきつく入れ替わりが激しく、所員が僕一人だけになる期間もしばしば。。)

総合的な設計デザインはもちろん、細部のデザイン、構造、設備、見積りのチェック、現場の監理、などつまり一軒のお家を初めから最後まで、お客様と打ち合わせしながら造っていく事務所でした。

※ここで「えっ?」と思った方も多いと思いますが、世の中の設計事務所の中では、こういう《お客様と打ち合わせしながら現場監理まで行う》所はかなりの少数派なのです。ちなみにこういうのがアトリエ系と呼ばれる設計事務所です

仕事は常にかなりあり、休みはほぼゼロで、帰るのはいつも深夜。事務所に泊まり込むのもしばしば。

そんでもって給料(と呼べないですが)は、5万円…

ほとんど丁稚奉公に近いですが(笑)、こういう事はアトリエ系設計事務所では珍しい事じゃありません。

もっと高名な建築家の事務所になれば、給料0円で、超一流大学出の若い子達が多く働いています。

要は、そこでこれから血肉・財産となる事を色々勉強させてもらうのだから、無給でも喜んで。と言う世界。

ただ、僕はこういうのはいかんと思います。昔の丁稚奉公は食う・寝るの心配は要らないし、家族のように可愛がってくれるようなこともあったと聞きますが、これはそういう世界じゃありませんからね。


こんな状況ですから、ほとんど休みもなく、だからそこで遊ぶ相手など出来るわけもなく、時間ができれば眠りたい。なんて生活を送っていました。

自然と家や建築の事を考える時間が、1日の大半を占め、知らない間に、家・建築が、物凄く好きになっておりました。(とても好き。って位にならなければやってられなかったのかもしれません)

《盆や正月に帰省して、高校・中学時代の友人と話をし、また大学時代の友人と電話などで話をしても、くやしい事に色々楽しい社会人生活を送ってるんですね~(笑)何で僕だけ。なんて思いもしましたが、この修行時代がなければ絶対に今の自分はないですから、感謝感謝であります》


さて、設計やデザインは、凄く高いレベルは別として、
あるレベルまでは、模倣と経験と訓練で何とかなる。と思います。才能などは関係ないと言えば言い過ぎかもしれませんが、あるレベルまではほとんど関係ないのでは。と思います。

センスは色々イイもの(悪いものも)を一生懸命見ていけば磨かれてくるし、上手い設計というのも、上手い人の図面を見たり、更に良いのはその設計の家が実現していく過程に身を置ければ、見に付いてくると思います。
だからセンスが良く設計が上手い・凄い方に付いて修行するのが一番!!!
(ただ、それに付いて行く修行が大変だし、時間もかかるのですが…)

そういう意味では、やはり厳しい環境で修行させてもらったのが本当に有難かったわけです。

(僕の修行させてもらった設計事務所が設計した建築ではございませんのであしからず)

そんな設計事務所時代、所長によく言われたのが、『キミは現場での大工さんや職人さんとの付き合い方がとても上手い』って事。

いくら建築家が偉そうにしていたって(偉そうなのにあんまり凄い人いませんが)、現場の大工さんや職人さんの力量なしでは、100%イイものは出来ません。

また図面上では見落としている事(どんなにパーフェクトな図面かいても、そういう事は必ずあります)もあります。

そういう事を現場で助けてもらったり、また基本的に大工さん職人さんに「イイもの造ろう!」と思ってもらえるか?もらえないか?でやはり最終的な仕上がりの差は出来てきます。

それは、工務店であったり、建築会社であったりの監督さんなどの仕事ですが、それが僕は非常に上手い。(監督さんより?)らしいです。

やはりそういう所は「生い立ち」と僕の中に受け継がれてる「棟梁の血」なのかな~なんて。

さて、そんな設計事務所修行。初めは5年の予定でしたが、父親が体調を崩した事もあり、 3年に縮めて家へ帰ることとなったのでした。

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