野上のブログ

大彦=だいひこ。

今日はお休みなんですね。。

皆様もそうだと思いますが、カレンダーが東京オリンピック仕様になっていないために、今月来月と祭日の変更が反映されていないから間違いちゃいますね。

今日は弊社の大工さんや設計などはお休みですが、現場では水道屋さんや電気屋さんが仕事してくれています。実は、家づくり現場は基本的には祭日祝日は動くのが基本なんですね。弊社の大工さんたちは基本お休みでありますが、左官屋さんや屋根屋さん、水道屋さん、電気屋さんは仕事をいたします。

まっ、現場は雨ではできない仕事もあって、雨が続いたら仕事したくてもできないから、日曜日以外はやる!ということになっているのだと思います。

そうそう。今年はカレンダーが違うって話でしたね。だから、コンクリート打ちをこの祭日忘れて予定してしまっていて、それに向けて現場も段取りしておりましたので、ちょっと現場の段取りがくるってしまったというわけです。

さてさて、これで終わるのはなんですから、今日は弊社情報誌「つくり手」から。記念すべき第一回2016年の4月のお話。お楽しみください。


大彦日記 第一話

「家」とは、皆様が「外」で働いたり遊んだりした後に「帰る」場所、そして人生の多くの時間を過ごす場所です。だから、それを建てて守っていく我々「つくり手」には大きな地域への責任があると思います。

それは今回の熊本大分の地震など(2016年)、災害にあわれた方々の様子を見ると、より強く感じられるところです。

そして、人生の多くを過ごすのだから、やっぱり「ここち良くゆったりと暮らせる家」が良いと我々は思います。四季の移ろいや自然素材の風情などを感じ、大工職人さんの手仕事の美しさ・温もりを感じ、いつまでも愛着をもってお過ごしいただけるように。そんなお家で暮らす時間はとても豊かなものだと思うのです。

ですから、我々大彦は、150年近く社員大工を抱えた「大工・職人の店」であり続けていることに加え、高い設計デザインを実現できる「アーキテクトビルダー」でもあり続けていきたいと思います。小さな工務店ですが「いい家を造り、幸せに暮らしていただき、街に良い風景が増える」ことに、「つくり手」として純粋に喜びを感じる仕事を続けていきたいと思います。大工も設計も事務広報も社員一同協力して、そんな「つくり手」の思いや日常を、月に一度情報誌として発信してまいります。末永くお付き合いくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

記念すべき第一回目は、なぜ「大彦」なのか?から初めましょう。

答えから申し上げますと、これは私の曽祖父=四代目の「野上彦五郎」が、「工」の「五郎」で、皆に縮めて「大彦さん」と呼ばれていたから。三代目以前のご先祖さまは皆自分の名前を屋号にしておったと思いますが、この四代目以降、弊社の屋号は「大彦」となったわけです。

おそらく、皇居で撮影したと思われる写真のその人が「大彦さん」です。豪快で面倒見がよく人情味溢れる「大彦さん」は、大変人気があったようで、昔、お年の召したお客様は、そんな話をとても楽しそうに語ってくださいました(色んな逸話があるんですけど。。。)

ただ、大工棟梁としては大変厳しい人だったようで、晩年もう現場仕事は出来なくなっていた「大彦さん」ですが、現場にひょっこりと顔を出すと、大工さん達の空気が一気に張り詰めたものとなった。というのも、お得意様の子供の頃の思い出話。

この新聞は、その「大彦さん」が大正末期に建てさせていただいたお家(和歌山市の国道42号線沿いの秋葉山の麓にありました)が、わかやま新報さんに「和歌山の名建築」として取り上げていただいた際の記事です。

山階宮様がご滞在なされたこのお家の設計デザインは、もちろん当時30代の「大彦さん」です。腕もセンスも抜群であった、そして何よりお客様より絶大な信頼を得ていた「大彦さん」に近づけるように、そして、もちろん大いに尊敬す父や祖父を初めとする代々の「大彦さん」にも負けないように、精進してまいります。


はい。では今日はこの辺で。

今日は他府県ナンバーの車がとても多く、皆様結構お出かけされているようですね。お車の運転などお気をつけくださいね。


ホームページのリニューアルに伴い、ブログも新サイト内に統合しました。

過去のブログの記事はこちらからご覧いただけます。

New